才乙車庫

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広島電鉄の県境越えバスは、今や高速バスだけになりましたが、モータリゼーションが進むまでは山口県、島根県へ向けていくつもの路線が県境を越えて乗り入れていました。県境の集落、才乙へのバスは昭和33年に開通し、その後昭和40年までに県境を越えて来尾まで延伸し、国鉄バス広浜線の支線、福田屋原線と接続か重複していたと思われます。しかし才乙-来尾は道路状況が悪く、また島根県側からの需要がさほどなかったのでしょう、長続きせず廃止されてしまいました。
車庫は来尾へ向かう県境の峠を間近に控えた、才乙地区の最奥近くにあります。先代の木造車庫は泊まりを前提とした建物でしたが、現在の車庫はバスを入れるだけで現地出退勤前提のようです。1台が駐在していますが、才乙線は減便が進んで通学時間帯のみ2往復にまで減ってしまいました。
才乙はスキー場が営業出来るほど雪が多いですが、同じく多雪地帯である備北交通の車庫とは異なり、冬でも開口部にフロントを向けて停めてあります。凍結防止のカバーもかけられておらず、そのあたりはややルーズなのでしょう。なお、開口部には鳥の営巣被害防止のためなのか、メタリックテープがぶら下げてあります。

撮影:2012.09

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by hirobus2012 | 2018-02-05 18:28 | バス車庫_広島県 | Comments(0)

2018.09.12 これまで営業所と附設の車庫をまとめて「営業所」として紹介してきましたが、以後は本来の法令上の解釈に基づき、営業所附設の車庫についても「○○車庫」として紹介することとします。


by 二重谷鉄雄