須金車庫

周南市の大字のひとつ、山奥にある須金の名前を聞いたことがある人は案外少なくないようです。その理由の大半は、おそらく山口県東部では最大の成功を収めているフルーツ主体の観光農園でしょうが、地区の中心地である須万の繁栄と衰退も、捨てきれない魅力を持っています。須万は周辺を山に囲まれており、隣町では最も近い錦町まででも10kmはかかる不便な場所にあります。しかしながらその不便は徒歩交通の時代には須万を発展させる原因となり、須万は市場町、在郷村として大きく発展、錦川のカーブの内側に出来たわずかな土地に上市、中市、下市と3つの小字ができるほどの繁栄を見せました。
また、須万は周南の中心地である徳山と、山口・島根県境の町である錦町を南北に結ぶ国道434号線の途中にあり、また西へ走る県道は須金を含む都濃郡北部の中心地であった鹿野へ通じ、バス交通の要衝としても発展していきました。最盛期には須万を起終点として3方向へバスが走っていたそうです。しかしながら、須万ー鹿野と須万ー錦町は、いずれも両端以外の人口があまりにも稀薄であったために振るわず、結局現在まで残っているのは須万ー徳山のみとなっています。この路線も大概沿線人口は少ないですが、途中須々万という大集落があるため多少マシなのでしょう。
車庫は家屋が密集する須万集落を避けて、南隣の金峰中原地区に置かれていました。現在残っている車庫は昭和40年代に開設されたようで、40年ほど使用されましたが、駐在は平成20年以降に廃止されて現在は実車で1時間かかる距離を朝夕2往復回送しています。これでも回送が最長距離ではないのが防長交通のスゴいところです。

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全景。開設当初は、向かって車庫右隣に宿舎だか休憩所だかがあったようです。車庫内に移したのは1台減車したからでしょうかね。

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車庫近影。2台は置けそうです。

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休憩所。屋根があるのかどうかは遠くからわかりませんでした。表札もそのまま、洗車用具も残っていて、現役と言われても信じてしまいそうです。

撮影:2013.09

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by hirobus2012 | 2017-09-11 21:16 | バス車庫_山口県 | Comments(0)