大朝車庫

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広島県北西部、大朝では国鉄バス⇒中国JRバスが力を持っていたというのは 中国JRバス大朝車庫の項 でも書きましたが、大朝の南隣である千代田に営業所を置いていた広島電鉄も、大朝にはかなり執心していたようでした。広島電鉄の大朝乗り入れは、国鉄バスが可部ー千代田ー大朝を人口の多い優良ルートで運行していたのに対し、同じ区間で人口の少ない、しかも時間のかかるルートを取るという奇手で乗り入れにこぎつけたようです。しかもその後、災害による迂回に絡めて地元の強い要望があるとして国鉄バスのルートを申請し、審議会か何かで”紛糾”した記録が残っています。まあ、同系の書類で地元の強い要望と書いたものでは地元自治体などからの陳情書が添付されていることのほうが多いので、ちょっとそのあたりは怪しいような感じもしますが。
ともあれ、広島電鉄は途中のルートで若干不利なものの大朝を抑えることで利用者を確保することが出来たようですし、支線として県境を越えて出羽までの路線を獲得し、ある程度は地盤を築くことができました。その表れともいえるのが、大朝車庫です。昭和30年に市街地内から町はずれへ移転、竣工した車庫は、2台×4スパンで8台収容できる大きな車庫でした。また隣には二階建ての寮があったそうです。国鉄バスは自動車支区の流れを汲んで人員配置のある支所、派出所であったのと比べると見劣りしますが、広島電鉄の出先車庫としては当時最大規模だったとみられます。なんだったら少し前に建てられた加計営業所と変わらないくらいです。
しかし過疎化の波は大朝をも飲み込み、それほどの規模を誇った大朝車庫も2000年代に入って路線ごと廃止されてしまいました。現在は地元の建設会社と、広電の路線のうち千代田ー大朝を引き継いだ大朝交通が使用しています。寮のほうは取り壊されてしまいました。

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奥に車番指定の板が残っていました。

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建物標。

撮影:2014.03

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by hirobus2012 | 2017-07-03 21:52 | バス車庫_広島県 | Comments(0)

2018.09.12 これまで営業所と附設の車庫をまとめて「営業所」として紹介してきましたが、以後は本来の法令上の解釈に基づき、営業所附設の車庫についても「○○車庫」として紹介することとします。


by 二重谷鉄雄