東畑操車場 / 東畑車庫

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呉市交通局から広島電鉄へ移譲された路線のひとつ、天応川尻線は、呉線にほぼ並行して現・呉市の端から端まで走る長大路線でした。路線名称は西端の天応と東端の川尻から取っていますが、あまりに長いため全線直通する便を運行するのは困難であり、人口の多い呉駅ー東畑を含むように、天応方面ー呉駅ー東畑と、呉駅ー東畑ー川尻方面と主に2系統に分けて運行されていました。そして西側の運行拠点であったのが東畑操車場です。
東畑操車場はその名の通り、2000年代半ばまでは独立した操車機能を持っていました。また、給油所もあったようで、営業所ほどではありませんが、それに準ずる機能を持っていました。操車機能を失ってからも折り返しと夜間留置は残り、そのまま広島電鉄へ引き継がれました。広島電鉄への移譲後、路線は分割されましたが、西側が変名した天応吉浦線は変わらず東畑発着が中心であり、東畑車庫は運行上の拠点として引き続き使用されています。また、移譲直後は広営業所の管轄下にありましたが、路線分割後、天応吉浦線が広営業所と絡まなくなったこともあり、呉中央営業所へ路線ごと移管されました。
呉市交通局が使用していたころから5台駐在があり、広島電鉄への委譲後もそのままの数の駐在があるとみられます。また時折、呉本通6丁目発着のクレアライン(広島行き高速バス)が折り返し待機に使用することもありますが、駐在は一般路線車のみです。

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呉市交通局時代の建物。一階が事務所、二階が休憩所でした。

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表札。

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建物は広島電鉄になってから、シンプルなプレハブに建て替えられました。

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駐車場の隅には、給油所の跡が残っています。

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目の前の信号には、東畑操車場の名が残っています。

撮影:2012.03(呉市交通局) / 2012.12(広島電鉄)

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by hirobus2012 | 2017-06-30 22:12 | バス車庫_広島県 | Comments(0)

2018.09.12 これまで営業所と附設の車庫をまとめて「営業所」として紹介してきましたが、以後は本来の法令上の解釈に基づき、営業所附設の車庫についても「○○車庫」として紹介することとします。


by 二重谷鉄雄