大島駐在

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国鉄バスには数多有名な路線がありますが、長大さの割に知名度が低い路線といえば、瀬戸内線でしょう。昭和30年代、全国的な長距離バスの伸長に伴い、山陽本線と並行する長距離急行バスが計画されます。それまでに国鉄バスは多数の路線を持っており、計画の4割程度はそれで賄うことができましたが、残りは地元のバス事業者と交渉しなければなりませんでした。
山口県東部に路線を持つ防長交通は、交渉に応じ、その代わりとして国鉄バスが独占していた周防大島の島内路線への参入を希望しました。国鉄が了承したことで、昭和43年、防長交通大島出張所が開設されました。国鉄バスが大島航路のターミナルである島西部の大島町小松に営業所を置いていたのに対し、防長交通は別で北西部久賀町の中心部に車庫を置きました。
出張所とはいっても、当時は大島大橋がなかったため、給油や事務など、一通りの設備が整えられていたようです。しかし、大島大橋の架橋後は人口流出が続き、国鉄バスから引き継いだ中国JRバスも撤退する縮小の流れの中で、給油はなくなり、一部事務が残るだけとなって大島駐在となりました。ほかの駐在は窓口機能があるため事業所一覧などにも掲載がありますが、大島駐在はそれがないためか一覧に掲載がなく、また問い合わせ用の電話番号も公開されていません。
現在は7台程度の駐在があるものとみられます。

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元・給油所。出光ブランドだった様子。今は外部給油のようです。

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表札。

撮影:2013.12

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by hirobus2012 | 2017-06-17 21:16 | バス車庫_山口県 | Comments(0)

2018.09.12 これまで営業所と附設の車庫をまとめて「営業所」として紹介してきましたが、以後は本来の法令上の解釈に基づき、営業所附設の車庫についても「○○車庫」として紹介することとします。


by 二重谷鉄雄