市口車庫

c0316957_23003247.jpg
旧・面河村の北部、杣野地区の東側を占めていた笠方の大半は、面河ダムの建設によってダム湖の底に沈みました。そのダム湖のほとりにあったのが、市口車庫です。
市口へ至る路線は、面河ダム建設前はダムに沈んだ地域を通るルートを取っていたものが、ダム建設によって迂回するルートに変わり、経路変更の前と比べると非常に沿線人口の少ない地域を通るようになっていました。久万から市口へ来るバスはお世辞にも多いとは言えませんでしたが、市口での滞泊のほか、平成初頭までひとつ奥の集落、割石でも滞泊がありました。市口ー割石の廃止後は、長らく大きな変化もありませんでしたが、2014年ころに滞泊がなくなってからは、わずか数年で市口ー妙の廃止、妙ー面河郵便局前(旧・面河村中心部)の廃止と路線短縮が相次ぎ、市口のあたりからはバスの姿がまったく消えてしまいました。
車庫の造りは非常に謎が多く、向かって右半分の宿舎部分はその上の妻面と年代が異なることから後付けとみられるものの、車庫の開口部にも壁の基礎跡があり、もともとは開口部ではなかったようなのです。しかも一部は倉庫にするために壁をぶち抜いてある始末で、何度も何度も手が加えられているため最初からバス車庫だったのかどうかも怪しいと思えるほどです。
なお、現在の市口集落に定住している住民はいません。週末には人の姿がちらほら見えますが、それは松山市など別のところに住んでいる人が週末を過ごすためだけに来ているのです。

c0316957_23003369.jpg
車庫部分。

c0316957_23003120.jpg
宿泊室。その右の開口部は消防団の車でも入れていたのでしょうか。

c0316957_23002858.jpg
宿泊室は僅か4畳ほどでした。

撮影:2015.06

[PR]
by hirobus2012 | 2017-06-16 16:01 | バス車庫_愛媛県 | Comments(0)