高陽営業所

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昭和40年代~50年代に、日本列島改造論に沿って開発された高陽ニュータウンは、計画人口3万6千人で当初は西日本で最大の住宅団地ともいわれるほどの規模でした。昭和46年の開発決定当時、1万2千人ほどの旧・高陽町の人口が、計画がそのまま成功すれば4倍に膨れ上がるのですから、そのインパクトは相当なものだったでしょう。
それほどの規模の団地だからなのか、バス路線は中国JRバス、広島バス、広島交通の3社の間で複雑に取引され、説明するのも面倒なほどの経緯を持っています。面倒なので説明はしません。最終的に、A、B、Cの3地区に分けられた団地のうち、A団地を広島交通と中国JRバスが折半し、B団地を広島バスが、C団地を広島交通が独占する形になりました。中国JRバスは高陽派出所を、広島バスは玖村車庫を置いて団地内の拠点としていましたが、それぞれ高陽町内の別の場所に営業所が移転してきたため、いずれも折り返し待機にのみ使われるようになりました。広島交通は当初から他の2社より規模が大きい営業所を置いていたことからか、以前のままになっています。
現在、高陽営業所では高陽ニュータウンと広島市中心部を結ぶ通勤路線だけでなく、可部や緑井へ向かう通学路線、県内高速バスも受け持っています。高速バスを担当しているため、かつて高速用車両を市中心部へと送り込むのに回送でなく実車で運行し、通勤急行バスにしたこともありました。

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事務所。大林、勝木と同じ形の建物です。

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整備庫。

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入口の門にある表札。

撮影:2012.10 / 2013.01

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by hirobus2012 | 2017-06-13 22:34 | バス車庫_広島県 | Comments(0)